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陰翳の翳る
浅き夢見し
諸行無常…むなしいものだなあ…関口君のところにでもいくか
子供たちが、街の秘密をひそひそ声でしゃべっている。
あの開かない古い箱は、かくしておこう。
南京錠の内側には、遠い過去。
ひそひそこだます、オンマキャリウンハッタ、
木漏れ日に、リン…風鈴かと思ったら、旅の禅僧の錫杖、
蝉の唱えるお経、夏の匂う、死の薫り────、
この竹藪の奥に、謎の屋敷あり
この通り道を抜けた先に、秘密の家あり
懐かしい街、線香の香り。お坊様と仏壇が頭に浮かぶと、
そっちにいっちゃいけない、という声が。立ち止まって、顔をあげる。
涙。
夏なのだなあ、彼方に惹かれる─────、
呪にかかりしは、遠い日のありし姿か、
ひたひたと夕暮れの気配。世は短くも儚く。カラスが鳴くから帰ろう。関口くん、今夜も一杯やっていくかい。泊まっていってもいいんだよ。飲み過ぎたあとは、水を飲んで、いきたまえ、心配だから。
小路に、入り込むと、戻れない迷宮。
この道の先には何があるのだろう、行き止まり、人生。
答えのない問いかけに、蝉の病的な鳴き声は、暗い古き道を選べと言う。眩暈────、
道行く人影にも、遥かな過去への想い。帰ります。
あの頃へ────、古き昭和へ。
辻影に、灯籠。嗚呼、あの人は?
添う二人。歌を忘れた金糸雀は、貴方の腕の中で、静かに余命を待つだけ。
ひさしおのみちあゆむむかしのおもかげ、いつまでもいろあせることなく、
色情の上。咲か華。いざゆかん、きみのまつもとへ
子供たちが夏の道沿いで秘密の会話をしている。この街の秘密を囁き合っている
開けられない小箱。ふると、かたかた音がする。骨でも入っているのか
古町のこの街は、みんな、家のなかで、ひそひそお話をしているし、
お線香の香りが漂っているし妖しい雰囲気、
近くに洞窟でもあって、謎の僧侶が、秘密のお経でも唱えて、反魂の法でもしているのか、
妖怪でも呼び出そうとしているのか、
懐かしい空気と木の匂い。
立ち昇る夏の熱気に、当てられながら、裏路地を歩いていると、刹那と混沌のはざまの風の香り。
それは彼岸の匂い。
幸せと不幸の間でふらふらと脳震盪を起こしてはっと目が覚めたら病院の中だった。
麻酔の香りと窓からの緑と木漏れ日に、安らいの時
久方の、懐かしい風、風鈴の音色、蝉が喚きながら、うるさいと、悔恨の夏。嗚呼、過去へと記憶は飛躍する。甦る昭和
迷い道を夜も歩く、灯りの迷路、光化学の古道。
笑い声がなごやかに、泡の匂いをさせた人、どこかの飼い犬の遠吠えが、
ワオンと夜の妖しいなかに響き、永遠とは此処にあったのか。
夜の蝉が、一匹だけどこかで、ジッと鳴いて消えた_____、
一面の、曼珠沙華のなかに立つ関口を見て、中禅寺は、まるで、姑獲鳥の下半身を思い出す。
下卑た、下卑た妄想を________
‥‥‥下を見て、自分の、下駄に、見知らぬ血液がついていて、ねろりと闇が動く。
「関口君、こっちにこい」見知らぬ自分が、声をかける。悪魔が来たりて
雨に降られた。「どうしたんだい、そんなに濡れて」
「いや、雨に降られて」
「ひどく、苦しそうな顔をしているよ」
「そう…かな」
「怯えているようだ」そう言って、京極堂は低く嗤った。
「上がっていきたまえ」こわい声が、体の背筋に走ってぞくりと、寒さではない震えが走った
風鈴が鳴って、今年も夏が来た。
熱風の中涼し気に本を読む京極堂は、いつもの通りこわい顔をしている。
さっと冷たい風が吹いてきて通り物にあった気持ちだ、
そのあと暗い気持ちになってきて俄かに血が欲しくなってきた、
京極堂を睨みつけると京極堂もにやりと笑みを返してきた。
夏が来て、また悲しい季節が来ると、京極堂は辛そうな顔をして、煙草を吸う、
そして本に戻るけれど、誰かを想うようににして眉をひそめている。
「京極堂」と声をかけると、
「嗚呼、関口君、またこの季節がきたね」と、湿っぽい声が返ってきて、リンと風鈴の音が鳴った。
関口くん、関口くん、君を、僕は、なにか大切な情けない生き物のように、愛しているんだ。
嗚呼、また君は今日も目眩坂を上ってやってくる。
あの竹藪を越えた先で、君はうえを見上げて、悔しそうにして、またうつむいて考え事だ。
何を考えているんだい。心配だ。
午後の日溜まりがきらきらちらちらと揺れる中で、
迫りくる夏の洪水と、蝉と夕立の予感に、京極堂がにやりと嗤った。狐みたいだ。
「僕はうすうす君の性格を見逃していたんだがね、そう近くにいられるとね――――逃れられないよ」
なにから、どこまで。京極堂は薄く嗤うだけだ――――
銭は食うても食われるな。お財布と、にらめっこ。
げに妖しきは言うに語らぬ物事にある。オンマキャリソワカ
夕暮れ時、躯、道路に倒れ、血が、流れて、
関口は、刹那に通り物を見て、
はっとしたあと顔をそむけ青ざめたあと、
黒くなって、わずかに赤を欲しがる。
ふと、脳裏に赤が揺れる。
あれが曼珠沙華か_______‥‥‥
関口くん、ひくりと反応する体をなぞって、また餌付いた獣のように、求める。
外は、蒸し暑い通り魔の多い年なのに、此所では、時を忘れて貪り合う獣が、汗を垂らして穴を求める。
でも、これが純愛じゃないか、どれだけ貶されようと、堕ちてゆく──────
夏のねずみ花火、しゅるしゅる足を焦がして狂い回り凄まじい爆竹花火。
終わったあとの、硝煙の香りを漂わせながら、残った火花が、ブラウン管、電球の交流電流のところを泳いでいく。
試験管で、光の玉になって、ぼんやり、眺めて、眠る東京の夜。
街灯の灯りもあれでできている
鬼の子、仮面を取ってみたら、京極堂の幼い姿。
やっぱり目つきが悪くて、睨みつけてくるものだから、鬼の子のようで、
果ては、生まれながらに歯が生えていたか、髪が生えていたか
夏の蒸し暑さが、空の青さが、忘れられない夏の哀しみが、後悔が、くるりくるり繰り返し去来する
胸の内、鼓動が、彼岸へと想いをたくす夏。蝉の死骸を、蟻が群がっている。諸行無常
古い黴くさい木の香り。どこか、遠い過去への切符、風の尾を掴もうとして、帽子が飛んでいった。
朝顔が軒の下で、太陽に照らされて、キラキラ輝いている。
陰影の濃い、秋の日差しは、遠い彼岸へと誘っている
町の秘密を抱いて眠る旧街道。
迷路の出口は右か左か。
出口を探しているうちに、自分の名前も忘れてしまった。
風が、呼んでいる。
怪しい小路に、雛の縫いぐるみが落ちている。拾うと、カンカンと、錫杖の音がした─────、
黄昏時の片足は、奇妙に欠けていて、無くした足の部分を探している。
虫取網がどこかの家に立て掛けてあって、中に綺麗な青い蝶の硝子細工が入っていた。
塀を見ると、白い陶器の狐の置物。
金色に縁取られた骨格が、西日に照らされている。
どこか、異世界に迷い混んだのだ───、
夕暮れ時の幻灯機。道行く足が行方不明。靴を片方無くしてしまった。
隠したはずの狐の人形が、西日に照らされる座敷で転っていて睨み付けてくる。
強烈な郷愁感に目眩がして、道を観ると、帽子が、転がっていた────
「あなたは、何故此処にいるのですか?」、
夕暮れの空の色。涼しげ。
逢魔が時。
君は、今日も寄っていくのかい。
なんだい、妖魔にでも会ったような顔をして。
酒でも飲んで行きたまえ。君に会いたかったんだ。
今宵もつがいの金糸雀の囀ずる声。
迷い子は、さまよう。
夕暮れ時を右へ左へ、不思議に意識が曖昧になっていって、日差しに、目が痛くなる。
靴をなくし、帽子をなくし、手袋をなくし、それらは、通り道に転がっているだろう。
誰か、拾うだろうか、戸に描かれた緑の孔雀が、夕暮れ時に、嗤って「おこがましい」と答える
夕暮れの、西日と影の交差は、木製の古い木の香りのする、街道沿いの民家の隙間の明かりに見える。
すっかり和製の血が、ざわざわと、夜になるにつれて、騒ぎ出す。
死者の暗闇。
夜の荒れ野原に、侘しい灯火。
お寺から、線香の香りがする。
近くの野原から、野焼きの香りがする。
荼毘に伏した人々を想ってご焼香をします。
カンカン、と錫杖の打ち鳴らす音がして、
「殊勝明朗な事だ。お前はまだ生きていていい───」
不気味な僧侶が、鋭いまなこで叱るように言う。時は彼岸の頃、急に、海が見たくなった───
空の色は夕暮れの、なんとも言えない摩訶不思議な色合い。
どこかでお焼香の香りがします。野焼きの香りがします。
遠い空にも懐かしい君の面影が、薫ります。
朧気なあなたの横顔が、好きでした。
今、そちらでお元気ですか。昭和の君。
宵闇に、アーシャカクーシャカ、
寧寧、以て、火淀る様は如何とす。
祈祷の炎を欲す、全ては閨の中。
朝までの、眠る酉の片隅で行われる、踊りのような宵闇の悦び。
釈迦の目の見つめる先に安寧の床。
宵闇には、君の隣で。
どの家にも灯火が点灯して、密やかな家々の秘密話。
通り道には、猫と、不思議な空気。
何故か、潮騒が、聞こえてきて、低い読経の声と、カラカラという、貝を打ち合わせる音…
近くには、お寺がある。今宵も、夢の中。
拝啓、昭和の君、
あの戦火の夏、貴方は、逃げ惑っていたでしょうね。
過去の、その時間からは何が見えますか?
炎ですか、玉音放送の唸るような知らせですか?
彼女の事でしょう?
虚ろなひとみが、とても、懐かしいですよ、まだ、貴方がその時間の中で、過去を見ているんですね。
昔は昔のままではなく、何か、過去を語りかけてくる。
モノ、コト。少しブラックに、刹那的に語り語りかけてきて、気持ちをかきみだす。
旋律の乱れた和音のように、壊れたメトロノームのように
未来から見る過去は、色褪せて見えるけれども、過去から見る過去は、
暗い闇の中に、炎のような色彩がついているのではないかと思う。
それが、走馬灯のように、ひとみの奥に裏写りしているのではないか。
万華鏡のように。
貴方の、たましひは、まだ、そこにいるんですね。
夕暮れ時の影法師、涙色で見つめる先にゆらゆら夕陽。
綺麗だな、悲しいな、切ないな、ゆらり、ゆらり、夕陽の日だまり。
風が強くて、異界のはざま。
暖かさとか、温度とか、溢れる血とか、でも、孤独も気持ちいい。
宿場町は、昨日の人の足跡だ
あの人は誰でしょう?黄昏の人。横顔が、きっとしていて、人を想う人。
「関口くん」、何処からか、夕闇に、彼の声が聞こえます。
秋彦さん。懐かしい人、
「君はそんなだから、迷子になる、こっちへおいで、君を導く者だ、僕は─────、」
夕暮れの、迷い刻。手を、離さないで。
西日指す夕陽、黄昏る。過去や、後悔や、自分の知らない昔にまで想いを馳せる。
なんだか忌まわしいものまで、潜んでいそうなのに、人は、過去を辿るのを止められない。
人の本能かと言われるかもしれないが、それも人の業の深さよ──────、
日が落ちて、夕闇怪人が、マントをはためかせて現れる頃だ。
通り魔が、お菓子をくれて、首を絞められる頃、
黒衣の死神が、鎌を片手に、僕を救ってくれる。
この不条理。
夜空の白い月が、嗤っている。今宵も、堕ちる─────、
昨日の夜は、激しかったね、関口くん。
君は何回も、宙を掻くような仕草をするから、僕の背中にその手を誘導したよ。
溺れるように喘いでいて、苦しそうに眉根をしかめて、本当にいやらしかったよ。
雨が晴れてきて、関口くん、西日が差し込むよ、肌がやけるよ、と、囁く京極堂の声が、する。
遠い街角に、彼はあの背負子を背負って流浪しているのか、もう、正気ではなく、
太陽が差し込んで、京極堂が、僕の影と、重なった────、
嬉しい、悲しい、楽しい、お気楽、綺麗な言葉だけじゃない、そんな言葉が、君を彩るよ。
懐かしさは、どこか、なにか、「今」を、失いつつ、
昔の亡くなった人の面影を。淫靡を、いけなさを、
しまっておいた、いけない、なにか、見てはいけないものを、思い出せるよ。
重なる色の、えもいわれぬ色気。快楽にも似ている、緑の癒し。
悠久の時を経ても、なを、色あせぬその、妙なる色合いの、
人の想いに似て、どこまでも優しく、懐かしく
懐かしい夕暮れ。逢う魔が時。怪人の影。
過去の追憶は、魔物を呼び、暗い快楽に人を誘う。「やあ、久しぶりだね─────」
暗い、暗い、暗い道の、お秘密事、夕闇の、妖し。
魔物は、懐かしい、涙の出るような、美しい横顔をしているのかもしれない
此処は、どこだらう。東京の片隅。都会の魔境。
ひだまりに、ゆらゆら、日差しが揺れて、
人は、真理を知る。人の生きる理由。人の生きるべき道。
夕暮れ時のお寺の観音堂。
キラキラ輝いて。
ゆらゆら揺めいて。
狐の面の見知らぬ子が、「ほら、次は、君の番─────、」と、言って、君を連れていこうとする。
あれは君自身の、影法師。
電灯が、ジー…と、微かな電子音を鳴らしている。
夕暮れ怪人が、踊って通りを行く。
行方知れずだった少女が、ようやく、帰ってきた。
御目出度い。
隣のようちゃんが、靴下を無くしたと言って出ていった頃、そうして、また一人、消えた。
懐かしの夢路、君に会いし夜半。
草原では、床屋の三色のサインポールがくるくる回って光っている。
警官の電信柱がそのあたりを巡回して、狐の面をかぶった子供が汽車を貼らせている。
ジリジリリリ…黒電話が、真夜中に、鳴る。
都会の、日々は、目眩くメロウとアイロニー、哀愁。
あなたは、生きていますか?東京砂漠。
夕暮れ怪人が、通りを踊っている。
彼は、望みは、叶えてくれません。
叶えるのは、人を殺すことだけだからね。
「気を付けたほうがいい。連れていかれるから─────、」
鎌を構えて‥‥‥
お父ちゃんが、帰ってきて、シメサバのお寿司が、手渡される。
「六文」
お代が、死出の旅への、切符。
ええ、そんなに仕事が嫌でしたか。
畜生、今夜は、飲むぞ、
ええ、お父さん、その前に、暖かい、お風呂は、どうですか?
外は、冷えたでしょう。
寒空に、星が、耀いている。
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