top of page
陰影の翳る
影の町。懐かしい古き風がいにしへの過去へ、遠く誘う。
しばらく眠っていた。
綺麗な姫様がお坊様に恋して蛇になる夢を見る。
お坊様は死んでしまった。
狐が木の上で、お坊様を化かして笑っている。
まこと、この世は妙な事。
昔を想っていると、部屋の隅で赤い火の玉が燃えている。
風の道。道しるべ。吹き抜ける。
知っているかい。鬼退治をする彼らの事を。
黒電話で、部屋の隠し扉の裏にあった謎の番号にかけると
彼らの道へと続く。
悲しい人々の、夢のような話。
いつでも、呼んでいる。
熱い炎の塊のような、気味の悪いような、鬼の鼓動。
それは、鬼やらいの心臓の音でもある。
お祭り。うっかり鬼が紛れ込んでどこかの人に子供を孕ませてしまったという。
その子供はどうなったのだろう。
夏の幻。浮世の眩暈。
懐かしい風に導かれて私は旅をする。
どこか知っているようで知らない顔のあなたに。
仮面の裏で笑っている閻魔が地獄へ連れて行ってくれるよ。
遠い風の道。懐かしい風。誘われ小路。
誰のものだろう。
落とし主不在の麦わら帽子。
ツクツクホウシが、鳴いている。
夏の読経。
あの街角から、ひょっこり昔行方不明になったわらしが顔を出す。
童夢。
戸棚の奥の抜けた歯。
ぱちん。爪を割る音。凡てが、過去の夏。
風待通り。隠れ家。白昼夢。
瓢箪から駒。鎮魂歌。
見上げると入道雲が高く高くせりあがる。
懐かしくて涙。
ひそやかな小道から彼らはやってくる。
神隠し。夕立。
人の生き死にを好きにするなんて烏滸がましいことだ。
ちりん、旅の雲水が唱える読経に蝉の声が滝のように降り注ぐ。
街角の夏。
風鈴の音色が通りの熱風に沁みとおっていく。
思えば遠くにきたものです。
懐かしい横顔が街角に見えるよう。
ほら、夏の調べ。
風の道。燕が飛んで、夕暮れ時の街角はノスタルジア。
あら、あなたは。
亡くなった人が、生まれ変わって会いに来る。輪廻の狭間、堕ちていく。
夏夜。熱帯夜。
じりじりと黒電話が鳴って、此の世が逆さに廻りだす。
彼岸と此岸。
貴方は誰ですか?
屏風の裏で、閻魔と小鬼が踊り狂っている。
また、誰かが逝ったよ。
影法師。六文法師。六文寄越せ。
六界。衆生。世情。
歯で噛んで、鬱血した人差し指。
涙がこぼれて切なくなった。
不思議な風が吹く。
過去。懐古。宿世。運命。
風を巻き起こせ。拳を叩きつける。
凡ては秘密裏。凡ては懊悩。
歴史の裏側。闇の末裔。
すべては廻る風車が知っている。
涙。
切なくなっていらかの向こう側の見上げた入道雲が嗤っている。
僕らは夏の末裔。後の祭りに舞う風の童子達。
逢魔が時。
交錯する此岸と彼岸。
揺らめく木漏れ日。
凡てが色褪せたモノクローム。
あなたに手紙を書きます。何を綴ろうか。
物語は、佳境に差し掛かろうとしています。
想いを込めて。力強く、彼らの様に。
寂しそうに摘まんだ花を見つめて、精いっぱい生きている、鬼のみなしご。
今日も宿場町は一寸法師たちの囁き声。
悪口は言っては駄目だよ。鬼が出る。
ひそやかな人々の呪い。
祟りだよ。人が死んだよ。
刹那。慟哭。夏の幻。
凡ては起こるべくして起こる。
虫歯のすき間から小鬼が飛び出してキーキー言っている。
ぷちん。つぶした指の合間から赤い血液。
夏祭り宵の宮。狐笛の音。
懐かしいノスタルジア。
山から紛れ込んだ鬼の子が、人を誘う。
人を勾引かす。神隠し。嗤い声。唄声。
山彦がおおいおおいと山へ誘う。
夏の魔力は、人で非ざる者を呼ぶ。
皆、死人の声。
振り返っては駄目だよ、あの通りゃんせの歌の、悲しい呼び声に。
懐かしい夏。悠久の旅宿。
昔の想い出、過去への旅。
おや、街角に、童が風車を手に舞っている。
彼女は神隠しの子。赤い西陣織。
死んだ子。
夏は見えないモノが見えてくる。
後悔。白昼夢。ひぐらし。
ふいに眩暈を覚えて倒れ込んだ先に木陰の木漏れ日がキラキラと———、
綺麗だな。
夕暮れ時。誰かの足音、かすかな悲鳴。
また誰かが行方不明になったって。神隠し。
小さな靴が裏路地に転がっている。
ひぐらし。ひそひそと、小さな噂。秋の夕べ。
旅の雲水が云ふ。こんなこともある。
厨子の中の童。
かくれんぼ。
うしろのしょうめんだあれ?
…しゃれこうべ。
秋の裏路地。赤い彼岸花。黄昏。
影法師が小躍りして人さらいが嗤っている。
笛吹いて、また一人。
あめふらしが、魂を拾っては、どこかに連れて行ってしまう。
秋は寂しい季節。
風に誰かを聞こうか?
懐かしい人が、おいでおいでをしている。
ついていってはいけないよ。風の通り道。
鬼の舞う季節。秋祭り。子供たちの叫び声。
野山を駆け回る足音。
またひとり、またひとり、攫われたと思ったら、
山姥が、子が恋しい子が欲しいと風に唄声を乗せて、泣いている。
よく眠ったかい?
山から吹き下ろす風には、耳を傾けてはいけないよ。
人に非ざりし者の悲しい呼び声。
西日指す部屋。
酒瓶が転がっている。
思えば過去とは、想い出のともし火。
ただ、静かに燃えている。
影の世界で、ゆらゆらと…。
遠くの海を想う。漁火。
今年もだれかが海に連れてゆかれる。
は、と気が付くと、仏間の線香に火がともっていて
老婆の背中がぶつぶつとお経をあげている
夢の中の様。鬼に苛まれているときは。
苦しいのに嬉しい。
何故だと思う。不思議な夢を見るからさ。魔魅の夢。
その夢はまやかし。鬼の見せる魔の夢。
とりつかれてはいけないよ。帰ってこれなくなるからね。
カンカンと錫杖の音がして、鬼やらいがやってくる。嗚呼、夏———。
懐かしさとは、過去の記憶のカケラ。
宝箱の中で、ほう、と吐息をついている。
過去に旅に出よう。目的のない旅。死に出の旅。
マッチを擦って、燐光に陽炎を見る。
あ、そこで、ウスバカゲロウが脱皮している。
阿古屋貝のような羽。
蟻地獄の成れの果て。
美しき死神。
ふと後ろを振り返ったら、黒い影。
あめふらしがまた、魂を集めにやってきた。
村は祭りだ。りんご飴に金魚すくい。
鬼や幽霊が紛れ込んで人間に悪さをする日。
空は何処までも高く、赤とんぼが、地獄の入口まで案内してくれる。
闇。過去。
由羅由良、陽だまりは語る。南無、猩々——。
どこか遠くへ行きたいな。
夢みたいな、旅路の雲。
空は晴れて、町並みは見知らぬ土地。
過去と影が此方を振りかえり、
村の閻魔のお堂ではちらちらと蛇の赤い舌みたいな蝋燭が灯っている。
マッチを擦って、一呼吸すると、
ぽっ…と、夕暮れの軒の下の灯りがともった。過去への旅。
bottom of page